デジタル全盛のいま、あえて手を動かして「自分の言葉」を形に残す——そんな時間が、台北の路地裏にありました。
2025年4月、私は友人のマリエさんと、台北・中山駅から徒歩10分ほどの場所にある活字工房「日星鑄字行(Ri Xing Type Foundry)」を訪ねました。ここは印鑑を彫ってくれる店ではなく、台湾に唯一残る活字鋳造所。棚にびっしり並んだ鉛の活字を選び、組み合わせて、世界に一つのオリジナル印章を作れる場所です。彫るのではなく「組む」からこそ生まれる味わいがあり、スタッフの方に手伝ってもらいながら完成した印章を手に取ったとき、そのずっしりとした重みが、旅の記憶を確かに「形」にしてくれました。
この記事では、行き方・開放日・当日の流れ・注意点まで、実際の体験をもとに正直にお伝えします。
日星鑄字行とはどんな場所か
日星鑄字行は1969年創業、台湾に唯一残る「鑄字行(活字鋳造所)」です。かつて活版印刷が主流だった時代、印刷に使う金属の活字を鋳造して供給していたお店で、コンピューター組版が普及した今も、繁体字の黒体・楷書体・宋体という3種類の鉛活字を作り続けています。
ここで大切なのは、日星鑄字行が「印鑑を彫る店」ではないということです。石やツゲに名前を手彫りする一般的な印鑑店とは違い、すでに鋳造された鉛の活字を選び、それを組み合わせてオリジナルの印章に仕立ててもらう——それが、この場所ならではの「印章づくり」です。
デジタル印刷が当たり前になり、世界的にも姿を消しつつある活版印刷。その文化を今に伝える貴重な場所であることが、この工房の何よりの魅力です。
日星鑄字行の基本情報(訪問前チェック)
まず、訪問前に押さえておきたい情報をまとめます。開放日や料金は変わることがあるので、あくまで目安として見てください。
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- 店名:日星鑄字行(Ri Xing Type Foundry)
- 住所:台北市大同區太原路97巷13號
- 電話:02-2556-4626
- アクセス:MRT中山駅から徒歩約10分(台北駅からも徒歩圏)
- 予約:不要(混雑時は待ち時間あり)
- 開放日、営業時間:公式サイトでは水・金・土 10:00〜17:00(※年度カレンダーで変動あり)
- 支払い:現金が確実(カード対応は未確認)
※本記事は訪問時点の情報です。開放日・料金・サービス内容は変更される場合があるので、おでかけ前に公式サイト等で最新情報をご確認ください。
行き方のコツ|細い路地で見落としに注意
場所はMRT中山駅から徒歩10分ほど、台北駅からも歩ける距離です。ただし細い路地の奥にあり看板も控えめなので、地図アプリを拡大しながら探すのがおすすめです。私たちも一度そのまま通り過ぎてしまいました。
Google Mapsの「徒歩8分」表記は、余裕を見て+10分くらいで考えておくと安心です。最後の路地で一度立ち止まって確認する時間が必要だからです。入口は広い道ではなく細い路地側にあり、地図アプリは近づくほど分岐が細かく見えるので、50m〜100m程度に拡大して確認するのがコツです。
料金の考え方
料金は、活字のサイズごとに価格が決まる仕組みです。印章には四号という小さめのサイズがよく使われ、公式の価格表でも確認できます。私が訪れた際の支払い額は記録が残っておらず正確にお伝えできないため、金額は公式サイトの価格表でご確認ください。支払いは現金が確実です(カード対応は未確認)。
予約は必要?「体験」と「印章づくり」の違い
先に大事な点をお伝えします。日星鑄字行は「印鑑を彫ってくれる店」ではありません。台湾に唯一残る活字鋳造所で、棚に並んだ鉛の活字を選び、組み合わせて印章に仕立ててもらう場所です。彫刻するわけではないので、「その場で職人が一から彫る」タイプを想像していると、少し印象が変わるかもしれません。
個人でふらっと訪れてできるのは、この「活字を選んで印章にしてもらう」流れです。団体向けの予約制ガイド(導覧活動)とは別物なので、まずはこの違いを知っておくと当日スムーズです。
どうして“今”、印章を作ろうと思ったのか
そもそものきっかけは、友人のマリエさんの一言でした。「起業の記念に、台湾で自分の印章を作ってみたいの」。デジタル全盛のいま、なぜわざわざ——と、私は正直、少し意外に思いました。
けれど、その言葉の温度ははっきりしていて、迷いというより「覚悟」に近いものでした。名刺を作るよりも先に、自分の名前を“形”にして持っておきたい。それは、誰かのためではなく「自分のため」の第一歩なのだと感じました。

「新しい名刺より、まず“私の名前”をちゃんと持ちたいの。これは誰のものでもない、私のものだから」
その一言を聞いたとき、私はふと、自分の名前にどれほどの意味を預けてきただろうと考えました。旅先で作る印章は、単なる記念品ではなく、「節目を手のひらに残す道具」なのかもしれません。
彫るのではなく、鉛の活字を一つずつ選んで組み上げるこの場所なら、その気持ちにふさわしい一つが作れそうだと思ったのです。
スタッフが一緒に選んでくれた、印章づくりの流れ
私が作りたかったのは、旅で心に残った「日日是好日」という言葉。ただ、活字の棚は天井近くまで積み上がっていて、どこに何があるのか初見ではまったく見当がつきません。そこで、最初から最後までスタッフの方が付き添って進めてくれました。
文字と書体を決める
まず「どんな文字にしますか?」と聞かれ、「日日是好日」とスマホのメモを見せて伝えました。書体は黒体・楷書体・宋体の3種類。私は手書きのようなやわらかさが残る楷書体を選びました。角ばった黒体や明朝系の宋体と迷いましたが、この言葉には楷書体のあたたかい雰囲気が合う気がしたのです。
活字はスタッフが探してくれた
書体と文字が決まると、スタッフの方が棚の間を歩いて、必要な活字を一つずつ集めてくれました。棚の場所を熟知しているようで、私では到底見つけられない字も迷いなく取り出していきます。
「これで合っていますか?」と一文字ずつ確認しながら進めてくれたので、表記の間違いも起きませんでした。ここでスマホのメモを見せられたのが、言葉の壁を越えるうえで本当に役立ちました。
なお、活字は棚から取り出すと戻せず購入扱いになるのが店のルール。プロに探してもらえたことで、迷って余計に取り出す心配もありませんでした。
その場で組んでもらう
集まった活字を、スタッフの方がその場で印章の型に組み込んでくれます。文字数やサイズによって組み方に制限があるそうで、「日日是好日」の5文字がバランスよく収まるよう調整してくれました。この工程は思ったより手早く、あっという間に一つの印章の形になっていきます。
試し押し
完成した印章は、想像以上にずっしりとした重み。朱肉をつけて紙に押した瞬間、「日日是好日」の文字がくっきりと浮かび上がりました。押すときの静かな手ごたえと、じわりとにじむ朱色。五感で「刻まれた」と感じる瞬間で、思わず息をのみました。
訪問前に知っておきたい注意点
実際に行って「知っておいてよかった」と思ったことを、いくつか共有します。
活字は「取り出したら購入」が基本ルール
一番大事なのは、活字は棚から取り出すと元に戻せず、そのまま購入扱いになるという店のルールです。気軽にあれこれ手に取る場所ではないので、迷ったらまずスタッフに相談するのが安心です。私はスタッフの方に探してもらったので、この点で失敗せずに済みました。
鉛を触ったら手を洗う
活字は鉛でできています。鉛は体に有害なので、触れたあとは必ず手を洗うよう案内されています。小さなお子さん連れの場合は特に気をつけてください。
翻訳アプリとスマホのメモが心強い
言葉の面では、翻訳アプリとスマホのメモが心強い味方になります。作りたい文字を漢字でメモに書いて見せるだけで、確実に伝わります。細かいニュアンスの相談も、アプリがあれば落ち着いて進められました。
荷物の扱いと店内マナー
店内では荷物を指定の場所に置くなどのマナーもあります。狭い通路に活字棚がぎっしり並んでいるので、リュックを背負ったまま動くと棚に引っかける心配があるためです。
持ち帰り用に印章ケースがあると安心
最後に、完成した印章は実用品としても使えるしっかりした作りです。旅の途中で持ち歩くなら、印章ケースを用意しておくと、移動中の傷や紛失を防げます。
完成した印鑑、その後どうしてる?
「日日是好日」の印章は、今も自宅の机の引き出しに置いています。手紙やちょっとしたメモに押すと、あの静かな工房の空気や、スタッフの方が一文字ずつ活字を探してくれた時間が、ふっとよみがえります。
デジタルでのやりとりが当たり前になった今だからこそ、こうして手を動かして残した一つの印章には、写真とはまた違う手ざわりの記憶が宿っている気がします。派手な観光ではないけれど、旅の節目を「形」と「重み」で残せたことが、思った以上に日常に溶け込んでいます。
実は、節目に印章を作るという台湾の文化は、以前に母から聞いたことがありました。両親も同じようにしてきたそうです。
スマホやPCでのやり取りが当たり前になった今だからこそ、手紙や葉書といったアナログな温かさを日常に取り戻したい。そのときに押せる、自分だけの印章をいつか作ろう——この体験を通じて、そんな気持ちが芽生えました。
そしてもうひとつ。子どもたちがそれぞれ社会人になるとき、プレゼントとして印章を作ってあげたいとも思っています。
まとめ|台北での印章作りは、旅の思い出以上になる
日星鑄字行で作る印章は、彫るのではなく「活字を組む」からこそ生まれる味わいがあります。台湾に唯一残る活字鋳造所で、鉛の一文字ずつを選んで形にする時間は、旅の記念であると同時に、活版印刷という消えゆく文化に触れる貴重な体験でもありました。
写真を撮るだけの観光とは違い、「自分の言葉を形に残す」という行為は、旅の節目の気持ちを手のひらに残してくれます。台北で“ものづくり”の時間を持ちたい方は、ぜひ候補に入れてみてください。
※本記事は筆者が実際に訪れた時点の体験をもとに書いています。料金・開放日・運行状況・各種サービス内容は変更される場合がありますので、おでかけの前に各施設の公式情報や台湾観光局(交通部観光署)公式サイトなどで最新情報をご確認ください。


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