成田空港の搭乗口で、娘の花菜が「台南って台湾の京都みたいなんだって!」と目を輝かせて話しかけてきました。台湾留学中に台南の魅力にすっかりハマった花菜は、どうしても私にその素晴らしさを伝えたかったようです。
「今度は私が案内するから、お母さんは思いっきり楽しんでね!」と頼もしい言葉に、私は思わず笑顔になりました。母娘ふたりで出かける初めての海外旅行。どんな発見や感動が待っているのか、胸が高鳴ります。
安平古堡──海風に乗るオランダの記憶
赤レンガの壁がまぶしく光る午後。安平古堡に到着すると、南国特有の湿った風と潮の香りが私たちを包み込みました。壁に手を当てると、ひんやりとした感触の奥に、ここで過ごした人々の息づかいが感じられるようでした。
赤レンガと潮風の中に残る17世紀の記憶
花菜が「ここでオランダ人が海を見ていたんだよ」と指さした先には、どこまでも青く広がる海ー
潮風が髪をなで、赤レンガの壁が陽に照らされて柔らかく輝いています。
17世紀にオランダ東インド会社がこの地に築いた要塞であり、台湾の西洋史がここから始まったことを花菜が熱く説明してくれました。
塔の上から見下ろすと、風の中に遠い時代の鼓動が響き、指先に伝わる冷たさが過去との距離をそっと近づけてくれます。
しばらく景色を眺めていると、花菜が「ここまで来た人たちも、未来を信じてたんだろうね」とつぶやきました。その言葉に私は頷き、潮風の中で、時を越えてつながる人の勇気を感じました。
時を超えて、母娘で感じた「勇気」の風
しばらく無言で景色を眺めていたとき、花菜がぽつりとつぶやきました。

「きっと、自分の信じた道を進もうとしてたんだと思う。だって、ここまで来るのって、すごい勇気だよね」

「……そうだね。新しい世界に向かう人の気持ちって、時代が変わっても同じなのかもしれないね」
潮風の香りが胸いっぱいに広がり、過去と現在が静かに溶け合っていくーー安平古堡で、私たちはただ遺跡を見ていたのではなく、母娘で“時を越える旅”をしていたのだと感じました。
台南グルメ──台南独特の甘さに秘められた歴史
台南の屋台で初めて**担仔麺(タンツーメン)**を食べた時、スープのやさしい甘さに驚きました。
普段は甘い味付けが苦手な私ですが、台南の甘さはどこか懐かしく、ほっとする味です。
お店のおばさんに「この甘さは昔の砂糖交易の名残なのよ」と教えてもらい、“歴史が今も食文化に生きている”ことを実感しました。
娘と「日本のラーメンとは全然違うね」と話しながら、異国の地で親子の会話が弾んだのも、台南グルメならではの体験でした。
鉄板の音と笑顔に満ちた担仔麺の屋台
鉄板の上で海老が跳ね、湯気の向こうで店主が笑顔で丼を差し出してくれました。麺をすすると、黒糖のような丸みのある甘さが口いっぱいに広がります。
屋台の片隅から響く笑い声と香ばしい匂いが、街全体の温かさをそのまま伝えてくれるようでした。
安平豆花──黒糖の香りに包まれる癒しの甘味
次に訪れた**安平豆花(アンピンドウファ)**では、黒糖を煮詰める香りが通りいっぱいに漂っていました。白くぷるぷるの豆花に黒糖シロップがかかり、ひと口で心がほどける優しい甘さ。

「どんな時代でも、甘いものって人の心を支えてきたんだね。」

「そうね。きっと、変化の中でも“甘さ”は家族をつなぐ小さな幸せだったのかも。」
棺材板──ユーモア溢れる台南名物との出会い
最後に立ち寄った**棺材板(グァンツァイバン)**は、名前こそ奇抜ですが、揚げパンの香ばしさとシチューのとろみが絶妙な名物料理です。

「日本から来たの?この料理、名前は怖いけど味は優しいよ!」
油の弾ける音と夜市の賑わいに包まれながら、「台南の味は人の優しさと歴史が溶け込んでいる」と感じました。
甘さの奥にあるもの──“味”でつながる歴史

「お母さん、台南の甘さって、単に甘いという味じゃないね。生きてきた人たちの歴史とか、苦労とか、全部が溶け込んでる気がする」

「そうだね。食べることで、昔の人たちと心がつながってるのかもしれないね。」
湯気と香りに包まれた屋台の夜ーー台南の甘さは、ただの味覚ではなく、**“時を超えて受け継がれた優しさ”**そのものでした。
林百貨──昭和の風を感じるレトロ建築
林百貨に着くと、入り口がわからず母娘で3周もしてしまいました。ようやく地元の人に案内され中へ入ると、昭和レトロな空気が静かに広がっています。
真鍮のエレベーターや木目の床、金色の手動ドア──そのすべてが丁寧に磨かれ、時代の美意識を伝えていました。
アールデコの光に包まれて
中に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んできたのは懐かしい趣きのエレベーターです。木目のフロア、真鍮の枠、手動の金色ドア──どれも丁寧に磨かれた輝きを放っています。

「映画の中みたい!」
その無邪気な声に、私はかつて日本で母と訪れた百貨店の記憶を思い出し、胸が温かくなりました。

「今度はおばあちゃんも連れてきたいね」
戦前の憧れが息づく、昭和10年のエレベーター
スタッフによると「このエレベーターは昭和10年当時のデザインを再現している」そうです。
天井を見上げると、木と真鍮の光沢が穏やかにきらめいています。
日台の文化が交差した時代の鼓動が今も残っているようでした。
時を越えてつながる場所:林百貨最上階の神社跡で感じたこと
最上階に着くと、そこには小さな神社跡が残されていました。風が通り抜け、空はどこまでも青く広がっています。そっと説明してくれる女性スタッフの声に、私は胸の奥が少し締めつけられるような感覚を覚えたました。

「ここは戦前、商売繁盛を願って建てられた神社があった場所なんです」

「お母さん、今こうして来られて、私たち笑っていられるのって、すごいことだよね」

「そうだね…。歴史には痛みが伴うけど、それを越えて今があるんだね」
昭和レトロの温もりに包まれて
林百貨の中は、まるでタイムスリップしたかのような不思議な空間です。木の温もりが残るフロアや、昔ながらのエレベーターに娘とふたりで心が弾みました。
昭和レトロな雑貨コーナーで、花菜が手に取った小物を見せながら言いました。

「これ、台湾の伝統工芸だよ。」
その言葉に背中を押されて、お土産に購入しました。普段は手に取らないような品に触れ、異国の文化と日本の歴史が交差する瞬間を体感しました。
静かなフロアに響くエレベーターの音が、今もどこかで“時代の鼓動”を伝えているようでした。
台南の夜──廟の光と、受け継がれる信仰
夜の台南を歩いていると、提灯の灯りやお線香の香りが漂い、どこか日本の夏祭りを思わせます。

「台湾の夜市って、日本のお祭りより賑やかだね!」
笑いながら歩くその姿に、旅の夜がいっそう温かく感じられました。
孔子廟に灯る、静かな祈り
やがて辿り着いた孔子廟では、無数の提灯が夜空に揺れ、幻想的な光が広がります。学問の神に祈る人々の姿は、家族を想う優しい祈りに満ちていました。

「観光地っていうより、ここは地元の人たちにとって“心の拠り所”なんだね。」
太鼓や笛の音、線香の香りが重なり合い、街全体が過去と今をつなぐ“生きた博物館”のように感じられました。提灯の光が揺れるたび、この土地に受け継がれる祈りの温度が胸に染みていきます。
まとめ 古都の旅で見つけたもの
台南で過ごした数日間、母娘ふたりでたくさんの「初めて」を体験しました。歴史ある街並みやグルメ、現地の人たちの温かさ──どれも忘れられない思い出です。「また一緒に旅をしようね」と娘が微笑むその瞬間、この旅に来て本当によかったと感じました。
台南は、家族の絆をより深めてくれる特別な場所になりました。ぜひ、あなたも台南を訪れ、五感でその歴史を体験してみてください。きっと、あなた自身の物語がそこに待っています。
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