タロコ峡谷の風に導かれて|轟音と静寂が交差する絶景トレイルを歩く

自然とアウトドアアクティビティ

「お母さん、今日って……あの渓谷、行く日だよね?」花菜が車窓に顔を寄せながらつぶやいきました。私たちは、台北から特急列車で3時間、花蓮駅に到着し、そこからバスでタロコ国家公園を目指していたのです。タロコ峡谷は、台湾を旅するなら一度は訪れてみたかった場所です。

りゅうがスマホで見つけた「水の上を歩いているみたいな“砂卡礑(シャカダン)トレイルがあるんだよ」という一言で、この日の目的地に決まりました。窓の外では、岩肌が迫り、清流が光を跳ね返してました。その風景に息を呑みながら、家族三人の静かな冒険が、始まりました。

迫力の渓谷美!燕子口(スワローグロット)で圧倒される

燕子口を後にした私たちは、渓谷沿いに再びバスに乗り、次の目的地「砂卡礑(シャカダン)トレイル」へと向かいました。りゅうが地図とにらめっこしながら指差したのは、橋のたもとにある控えめな看板です。案内板は中文と英語のみ、人影もまばらで、本当にここで合ってるのか少し不安になってしまいました。

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「この辺が入口っぽいよ」

花菜
花菜

「…でも、なんだか呼ばれてる気がするね」

その言葉のとおり、トレイルの入り口はひっそりとしていながらも、不思議な吸引力がありました。岩のアーチをくぐるようにして歩き出すと、すぐに別世界が広がっていきます。左右をそびえる巨岩、真下を流れるコバルトブルーの清流、足元には、川沿いに敷かれた滑りやすい石道があります。

湿った空気が肌にまとわりつき、風が通るたびに草の香りがふっと鼻をかすめました。

花菜
花菜

「わあ…水の音が、まるで音楽みたい」

花菜の一言で思わず、私とりゅうは耳を傾けました。たしかに、渓流が岩をかすめる音、遠くの滝の響き、木々が揺れる音、すべてがひとつの旋律のように溶け合っていました。しかし、この美しさの裏には、油断できない危うさも潜んでいました。

苔むした石に足を取られ、私が思わずよろけた瞬間──「お母さん、こっち!このへん滑るよ!」りゅうがとっさに腕を掴んでくれ、転倒は免れたものの、リュックの底がびしょ濡れになってしまったのです。川沿いの道は想像以上に足元が悪く、持っていた折りたたみマットがクッション代わりになって助かったのでした。

Luluco
Luluco

「靴、もうちょっと滑りにくいやつにすればよかったね…」

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「でも、ケガしなくて良かったよ。ママ助けたの、イイ思い出かな。頼りになる息子じゃん?www」

たしかに、完璧じゃない旅ほど、あとで強く記憶に残るものです。遊歩道の途中、小さな橋の上で地元の年配の男性とすれ違いました。にこやかに声をかけられたその一言が、改めて実感として胸にしみました。

 

高齢な男性
高齢な男性

「小心滑喔(気をつけてね)」

 

険しい道の先には、驚くほど穏やかな景色が待っていました。水面が鏡のように静まり返り、雲の影すら映り込む透明度の高い渓谷。花菜が静かにカメラを構えながら、「ここ、誰にも教えたくないね」と言った声が風に溶けていきました。

渓谷の水に触れる|砂卡礑(シャカダン)トレイルでの発見

私たちがタロコで最も心を揺さぶられたのは、「砂卡礑(Shakadang)トレイル」でした。岩壁に沿って細く伸びる遊歩道は、渓谷のエメラルドグリーンの流れとほぼ平行に続いていて、見上げればゴツゴツとした赤褐色の岩肌、足元には透きとおった水がキラキラときらめいていました。

時おり、風が谷を吹き抜けると、川面がゆるやかに揺れ、その波紋が空の光を反射してキラキラと跳ね返ってくる──ただ歩いているだけなのに、まるで自然と対話しているような、不思議な静けさに包まれていました。

水は驚くほど澄んでいて、足元をすり抜ける流れの中には、小さな魚が何匹も泳いでいました。

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「これ…飲めそうなレベルじゃない?」

りゅうがふざけ半分に言うと、ちょうど近くを通りかかった地元の年配の男性が、ニッと笑って立ち止まった。

高齢な男性
高齢な男性

「ここ砂卡礑トレイルの川の水は、昔は実際に地元の人々が飲料水として利用していたいう話があるんだよ。かつてこの地で暮らしていた人々にとっては、これが日常だったんだよ。」

3人そろっておじさんの話を聞いて驚きました。そのおじさんは手をひらひらさせながら、続けました。

高齢な男性
高齢な男性

「今はもちろん、衛生や安全の観点から飲用は禁止されているよ、それに上流の方に猿がいるから、水質も安全も、気をつけた方が良いね。」

地元の人の飾らない言葉が、その自然との“ちょうどいい距離感”を私たちにそっと教えてくれたように思います。この澄んだ水が“命をつないでいた水”だったと知るだけで、景色の見え方が少し変わる気がしました。

 

思わぬ寄り道|地元の人に教わった隠れカフェ

帰り道、砂卡礑トレイルを歩き終えた私たちは、谷に沿ってしばらく無言のまま歩いていました。疲れていたというより、あの景色の余韻を、誰もがそれぞれの心で反すうしていたのだと思います。

花菜
花菜

「ママ、なんか喉かわかない?スッキリするの飲みたくなってきた…冷たいの」

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「あっオレも飲みたい!」

私も子どもたちと同じ気持ちでした。足の裏にはほどよい疲労感、陽に照らされた頬はほんのり熱を帯びていて、水分というより“ご褒美”のような飲み物を欲していました。

ちょうどそのとき、道端に小さな売店が現れたのです。棚には乾物やローカルなお菓子が並び、店番のおばちゃんがこちらに気づくと、にこやかに声をかけてきました。

高齢な女性
高齢な女性

「上のほうにカフェがあるよ。ちょっと階段だけど、景色がいいよ」

細い石段をゆっくりと上がっていくと、見えてきたのは木のぬくもりを感じる小屋と、その横に張り出したテラスがあります。誰かの秘密基地のような雰囲気に、思わず「わぁ…」と声が漏れました。

テラスからは、深く削られたV字の谷と、その底を流れる川の輝きが見下ろすことができました。さっきまで歩いていたトレイルが、小さな線のように見えます。その広がる景色に、言葉はいりませんでした。

私たちが注文したのは、手作りの金柑茶と梅ジュースです。素朴な陶器のカップに入って運ばれてくるその様子に、りゅうが目を丸くします。

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「お、なんか…めっちゃ“地元感”あるな」

Luluco
Luluco

「こういうのが一番おいしいんだよ」

花菜
花菜

「甘酸っぱくて、山の味がする…」

その言葉に、私とりゅうは思わず顔を見合わせて笑いました。

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「“山の味”って…詩人かよwww」

花菜
花菜

「だってほんとにそうなんだもん」

私が頼んだ梅ジュースは、キュッと酸味がきいていて、旅の疲れを一気に洗い流してくれるような味。カップの縁に小さな水滴が光っていて、それがなんだか印象的でした。

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「ここ、いい締めだね。あの渓谷に乾杯、って感じ」

梅ジュースに炭酸を入れ美味しそうに飲むりゅうの言葉に、私と花菜はうなずきながらカップをそっと持ち上げました。

ほんの数百メートル、道を外れただけなのに──そこには観光地の喧騒から切り離された、静かな“余白”のような時間が流れていました。飲み終えたその味は、今日の旅をそっと包んでくれる“エンディングの余韻”のように感じられたのです。

タロコで感じたもの|自然と、家族と、自分と

「ねぇ、ママ。今日、いっぱい歩いたのに、なんか不思議と疲れてないね」帰りのバスの中で、花菜が窓の外を眺めながらぽつりとつぶやきました。日が傾きかけたタロコの山並みが、遠くにうっすらと霞んで見えます。私はその言葉に、小さく笑って答えました。

Luluco
Luluco

「自然に癒されたんだよ、きっと。あの谷の風とか、水の音とか……それが全部、私たちの中にしみこんだのかもね」

りゅうちゃん
りゅうちゃん

「てか、あの橋の上で見た景色、やばかった。あの音のない時間、頭から離れない…」

たしかに、渓谷の真ん中に立って感じた静けさ──あのとき、風の音すら遠く、私たち3人だけが世界から切り離されたような感覚になりました。岩がそそり立ち、水が透明な音を立て、ツバメが谷を横切っていくさまは大自然そのものでした。

花菜
花菜

「生きてる地球って、こういうことなんだね」

花菜がそう言った瞬間、私は何も言えなくなりました。観光地としての“タロコ”ではなく、あの日私たちが出会ったのは、“地球の鼓動”そのものでした。深い峡谷の呼吸、岩肌を叩く水の響き、目が合った地元の人の微笑み──どれもが観光ガイドには載っていないけれど、心の奥底に静かに根を張るような、確かな体験だったのです。

 

まとめ|記憶に沁みる“無音の風景”──タロコが教えてくれたこと

タロコ峡谷は、景色を“見る”だけの場所ではありませんでした。風の通り道に耳を澄まし、水の流れに心を預け、岩肌に刻まれた長い時の流れを指でなぞるように──この地では、私たちが無意識に閉じていた感覚が、そっと開かれていくような体験がありました。

「地球って、こんな風に呼吸してるんだね」花菜のその言葉が、旅のすべてを物語っていた気がします。りゅうは、無言のままカメラを構えて、言葉の代わりに“記憶”をシャッターに閉じ込めていました。

迷った道、冷たい川の流れ、空っぽのテラスに3人で座って分け合った金柑茶の甘酸っぱさ、どれもが、タロコという大地と私たち家族の“心の間にできた静けさ”をそっと満たしてくれました。

タロコには、説明できない感情があります。それは“絶景”ではなく、“沈黙の中にひそむ命の音”──都市の喧騒から離れ、自分の鼓動さえ聞こえるような場所で、私たちは「何か大切なもの」と、静かにすれ違ったのかもしれません。

観光地としてではなく、“生きている地球に触れる場所”として、また必ず戻ってきたいと思います。この旅が、あなたの次の旅のヒントになれば嬉しいです。どうか、あの風に導かれて、あなただけのタロコに出会えますように。

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