家族での台湾旅行を計画していたある夜、息子のりゅうがスマホを片手に「ここ、面白そうだよ」と目を輝かせて話しかけてきました。画面には、赤レンガ造りの建物と芝生が広がる「華山1914文創園區」が写っていました。
建築好きのりゅうが「昔の工場が今はアートの拠点になってるんだって」と熱っぽく語る姿に、母親としても心が動かされました。実は私自身も、歴史ある建物がどんなふうに生まれ変わるのか、ずっと興味があったのです。
建築を学ぶ彼は、旅先でもつい建物のつくりや空間の使い方に目がいくようで、この場所には特別なものを感じていた様子でした。「見た目だけじゃなくて、中身が変わっていく場所って面白いよね」そんなひとことが、今回の台湾旅の方向を決める大きなきっかけになりました。
私たち親子3人――建築に未来を重ねる息子・好奇心旺盛な娘・そして母である私、
それぞれの視点で歩いた「華山1914文創園區」は、ただの観光とは少し違う発見の連続でした。
MRT忠孝新生駅から歩いてすぐ、赤レンガの時間へ
MRT忠孝新生駅を出て、家族3人で地図を片手に歩き始めました。最初は都会の喧騒に包まれていましたが、ふと道を曲がった瞬間、目の前に現れたのは歴史を感じさせる赤レンガの建物が見えてきました。娘の花菜が「ここだけ空気が違うね」とつぶやき、私は思わず深呼吸しました。
芝生の上でピクニックを楽しむ現地の親子連れを見て、「ここは観光地というより、地元の人の憩いの場なんだ」と実感しました。

「ここが昔の酒工場だった場所なんだね」

「1914年って、大正時代じゃん!」
苔むした壁やひび割れた柱、古びた質感が残るその空間に、りゅうは一歩ずつ、何かを確かめるように進んでいきました。「建物って、ただの形じゃなくて“時間”なんだよね」彼がぽつりとこぼした言葉に、私は少し驚かされました。何気なく交わすその言葉のなかに、彼自身の葛藤や成長がにじんでいたのです。
過去と現在が交差する空間でアートと出会う
園区の奥に進むと、元倉庫だった建物の中で偶然ポップアート展に遭遇しました。息子のりゅうは一枚一枚の作品の前で立ち止まり、「この色使い、建物の無骨さとすごく合うね」と感心しきりでした。私は、壁に残る古いペンキの跡と現代アートのコントラストに、時代が重なる不思議な感覚を覚えました。
娘は「作者に話しかけてみたい!」と勇気を出してスタッフに質問しだしました。現地の方が親切に解説してくれたのも、印象的な思い出です。カラフルな色彩と大胆な構図が、無骨なレンガ壁に映えて、思わず足を止めて見入ってしまいました。

「すごい、壁一面に絵が!」

「この色使い、社会風刺っぽいね」
私はというと、どこか懐かしさと斬新さが交錯する感覚に包まれながら、一つひとつの作品を丁寧に見ていました。三人とも同じ空間にいるのに、それぞれ違う視点でアートを感じているのが、なんとも言えず面白く感じていたのです。
その違いが会話のきっかけとなり、「この作者は何を伝えたかったんだろう」「この表現、なんか共感できる」など、普段の旅では出てこない深い会話へとつながっていきました。
ランチは地元の味を堪能|尚品食館で定番の紅焼牛肉麺
たっぷり歩いてお腹がペコペコになった私たちは、華山文創園区から少し足を伸ばし、松山文創園区の向かいにあるローカルレストラン「尚品食館」へ入りました。派手な看板もない小さなお店ですが、昼時になると次々と地元の人たちが吸い込まれていきます。
「観光客が全然いないね」と花菜がつぶやきながら、入口のセルフサービスの水を3人分そっと用意してくれました。店内には静かな台湾の日常が流れていて、厨房からはほんのり八角の香りが漂ってきます。りゅうは「台湾留学時代によく行ったお店に似てる」と言いながら、期待に満ちた目で厨房をのぞき込んでいました。

「こういう場所こそ、地元の味があるんだよなぁ!」
注文した紅焼牛肉麺は、見た目以上にボリューム満点です。スープを一口すすると、りゅうは「あっ、この味、懐かしい!」と笑顔になりました。花菜は「麺がもちもちしてて、日本のラーメンと全然違うね」と驚きの表情を浮かべていました。私は、熱気と湯気の中に溶け込むような、静かで豊かな台湾の食の時間を感じていました。

「うわ…スープが沁みる…!」

「この肉、柔らかいのにちゃんと噛みごたえも旨みがあるな」
りゅうや花菜も頷きながら箸を止めません。店内にはほとんど観光客の姿はなく、皆それぞれのペースで黙々と食事を楽しんでいます。そんな空気のなかで、私たちも肩の力を抜き、静かに地元の人たちと同じ食卓を囲むような気持ちで紅焼牛肉麺を味わいました。
カフェでひと息|CAMA COFFEE ROASTERS 豆留文青で見つけた“静かな熱量”
お腹が満たされた私たちは、りゅうの「もう少し見たい」という一言で、再び華山文創園區へ戻ることにしました。赤レンガの建物を前に、りゅうはスマホで夢中になって撮影を始め、建築への情熱が伝わってきました。りゅうのリクエストで訪れた「CAMA COFFEE ROASTERS 豆留文青」は、外観は昔の工場そのものでした。
でも扉を開けると、木の温もりとコーヒーの香りがふわっと広がり、思わず「ここに住みたい…」とつぶやいてしまいました。りゅうは天井の梁を写真に収めながら「こういう空間を自分でデザインしたい」と目を輝かせ、花菜はラテアートの写真をSNSにアップしはじめました。
私は窓際でゆっくりコーヒーを味わいながら、家族それぞれの“今”を静かに感じていました。高い天井、木材とアイアンがバランスよく配置された空間、奥にしっとりと光る焙煎機、その全てが見事に調和していました。

「この梁の使い方、すごい」
花菜はラテ片手にスマホで撮った写真を見ながら「お兄ちゃん、アングル上手いね!」と感心していたその横で、私は静かにコーヒーを味わいながら、窓越しに揺れる木漏れ日を眺めていました。

「落ち着くね。リノベーションって、建物に第二の人生を与える感じがする」
りゅうのそんなひとことに、彼が建築だけでなく、“そこに流れる時間”にも関心を寄せ始めていることを感じて、私は少し胸が熱くなりました。観光というより、思索の時間ーCAMA COFFEEで過ごしたそのひとときは、旅の中でも特別な静けさをまとって、私たちの記憶に残りました。
未来と向き合うヒントをくれた場所
卒業後の進路に悩んでいたりゅうーでも台湾・華山文創園區を歩くうちに、彼の中に少しずつ変化が生まれていきました。赤レンガの壁や再生された空間に触れながら、彼は「何を残し、どう生み出すか」を考えていたようです。

「何かをつくるって自由だけど、せっかくなら世の中の役に立つものを作りたい。建築もそう。古いものを壊すんじゃなくて、活かしながら新しい命を吹き込めるって、すごく魅力的だと思う」
彼の言葉には、建築やリノベーションへの想い、そして自分なりの“未来の形”を模索するまっすぐな気持ちがにじんでいました。目の前の風景だけでなく、その奥にある「世の中や人の役に立つものを生み出したい」という彼の内側の声が、静かに聞こえてくるようでした。
親子で訪れたこの再生空間が、迷いの中にいたりゅうの心に、そっと確かな光を灯してくれた気がします。その横顔を見ながら、私の胸にもじんわりと温かいものが広がっていきました。あのときの静かな午後の光と、彼の少し前を歩く背中は、今でも心に焼きついています。
華山1914文創園區はどんな人におすすめ?
この場所を歩きながら、私は「観光地」ではなく「生きている空間」としての華山1914文創園區を強く感じました。息子の進路の悩み、娘の好奇心、そして私自身の“これから”を考える時間ーー古い建物に新しい命が吹き込まれるように、私たち家族もそれぞれの未来に向けて、一歩踏み出す勇気をもらいました。
帰国後も、ふとした瞬間に思い出すのは、あの赤レンガの壁と、家族で交わした何気ない会話です。特に印象に残ったのは、歴史の重みを残す壁と、そこに丁寧に施された現代アートをじっと見つめる息子の姿がありました。その横顔を通して、「ものづくり」と向き合う意味を、私も見つめ直しました。
台湾の文化・建築・アートが融合したこの再生空間は、建築好きの学生や親子旅にもおすすめ。創造的な刺激と、心に残る体験が待っています。華山1914文創園區は、台湾旅行でアートと歴史の両方に触れたい人にとって、ぜひ訪れるべきスポットです。
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