またあの湖に行ってみたい」と息子がぽつりとつぶやいたのは、ホテルのロビーで家族3人並んで写真を眺めていた夜のことです。ガラス越しに見える静かな湖面に、私たちの心も自然と引き寄せられていました。
娘も「明日、ヨットに乗れたらいいな」と目を輝かせた瞬間、私は即決しました。「よし、やってみよう」とそういうと、2人の顔が一気にパーっと明るくなりました。こうして、予定にはなかった朝が旅に加わりました。
”私たちだけの貸切クルーズ”私は初めての体験にワクワクしながら、それがどれほど特別な時間になるか、まだ予想できていませんでした。
まだ眠気の残る湖畔へ──静寂に誘われる朝の一歩
翌朝、うっすら眠気を引きずる子どもたちと水社碼頭へ向かいました。歩きながらふと深呼吸すると、肺の奥まで澄んだ空気が入り込み、体がリセットされるような気がしました。

「湖がまるで絵画のように静かだね」

「…ねえ、本当に貸切なの?私たちだけ?」

「うん、3人だけ。せっかく3人で来てるから貸切にしてみた。スタッフの人も“今日はあなたたちだけのヨットです”って言ってたよ」
水面に浮かぶ白いヨットは、まだ眠っているようでした。桟橋の先には誰もいなくて、3人だけの空間です。静けさも自然の鳥や水の音を際立たせる音なんだと初めて感じました。
湖と空に包まれる贅沢──誰もいない世界に浮かんで
朝の湖畔に立つと、ひんやりとした空気とともに、静けさが全身を包み込んできました。ヨットのデッキに足を踏み入れた瞬間、花菜は「ふわっと浮かんだみたい!」と声を上げ、りゅうは「ちゃんとつかまってろよー!!知らねーぞ!」とちょっと本気で妹を心配していました。
船が静かに滑り出すと、エンジン音が遠ざかり、代わりに風の音と水のさざ波が耳に残りました。湖面には空が映り、海と空の境目がわからなくなるぐらい、私たちはその狭間に浮かんでいました。

「空と湖がつながってる…こんなの、初めて…」

「ほんとに、雲の上にいるみたいだ」
私たちだけが世界から切り離された感覚になりました。誰にも邪魔されない、私たちだけの景色だったのです。その広い湖の中にいるのか、海も空も私たちを丸ごと包みこみ、自然に抱かれている錯覚になったのです。
湖上の静けさに身を始める
湖上の静けさに身をゆだねていると、ヨットはまるで風に導かれるように、滑るように湖を進みます。深く澄んだ湖面に太陽の光がきらきらと反射して、まるで光の帯の上を漂っているような不思議な感覚に包まれました。

「見て、あそこ。お父さんが言ってたの、たぶんこの感じだよ」
りゅうが指差した先に、七色の光の帯がゆらゆらと浮かんでいて、花菜は夢中でカメラを構えていました。私はその後ろ姿を見ながら、なぜか言葉が出なくなっていました。意識的にではなく、ただ呼吸さえも忘れてしまっていたのです。
湖上で味わう時間──心が近づくティータイム
クルーズが中盤に差し掛かる頃、スタッフがそっと持ってきてくれたのは、温かい台湾の高山茶と、甘みの凝縮されたドライマンゴーでした。

「わあ、いい匂い…お茶って、こんなに香るんだね」

「標高の高いところで育つ茶葉なんだろ?香りが濃いんだよ」
木のトレイに湯気を立てるお茶を見た瞬間、花菜やりゅうも興味津々で口をつけました。私もそっと一口飲んでみると、、、風の音、波の揺れ、そしてほんのり甘いお茶の香りが、全身にしみわたっていくようでした。
言葉を交わさずとも、同じ時間を味わうことで心の距離が自然と近づいていく──
湖の上で飲むお茶は、まるで“時間”そのものを味わっているような感覚がありました。

「なんかさ、ここで飲むと、いつものお茶よりおいしく感じる」

「湖に浮かびながらって、贅沢すぎるね」
湖畔に残るもう一つの記憶──絵描きのおじさんとの出会い
港に戻り、風に吹かれながらベンチでぼんやりしていると、ひとりの絵描きのおじさんが声をかけてきましたた。

「いい顔してるね。よかったら描かせてもらえないかな?」
驚きながらも頷くと、おじさんは私たちを湖を背景に並ばせて、さらさらと色鉛筆を走らせはじめました。りゅうは照れくさそうに腕を組み、花菜は「ポーズしてもいい?」とふざけながらピース。私はふたりの間にそっと肩を寄せて、湖のきらめきを眺めていました。
風の音だけが聞こえる中、紙に浮かび上がっていく線と陰影──やがて完成した一枚には、写真よりもずっと温かくて、時間を閉じ込めたような一枚のようでした。
湖の潮音は、親子の思い出の音
陸に戻った私たちは、湖畔のベンチにしばらく腰を下ろしました。ヨットの揺れがまだ体に残っているような感覚。りゅうはじっと湖を見つめたまま、花菜は足元の小石を拾って並べていました。

「次は夕方に来たいな。湖、きっと黄金色になるよね」

「お父さんも一緒に来たら、もっと楽しいかも」
私たちの間には、言葉にしない気持ちがしっかりと流れていて、その静けさが何より心地よく感じられました。「旅って、景色よりも、こういう時間が残るんだね」誰かがぽつりとつぶやき、私たちはそっと微笑み合いました。

「なんだろうね…湖を見てるだけなのに、こんなに心が落ち着くって不思議だよね」

「たぶん、湖が“おつかれさま”って言ってくれてるんじゃない?」
この場所で過ごした時間は、ただの観光じゃなく、「観光じゃなくて、“家族で過ごした空気”が記憶になった気がする」として、そっと心に刻まれました。湖の静けさや風のやさしさまで、まるで私たちのために流れていたように感じます。ふとした瞬間に思い出すのは、景色よりも、そのときの3人の表情と、心が溶け合ったあの時間でした。
実用情報・予約ガイド
予約はネットで簡単にでき、私たちは日本語対応のサイトを利用しました。出発はホテルから歩いてすぐの水社碼頭です。料金も手頃で、湖上でいただく台湾茶とおやつがとても印象的でした。朝と夕方で湖の雰囲気が全く違うので、時間を変えて2回楽しむのもおすすめです。
宿に戻ってからの“もうひとつの贅沢”
ホテルの部屋に戻っても、私たちはクルーズの写真を何度も見返していました。花菜は「まだ湖にいるみたい」とつぶやき、りゅうも黙って頷きながら、指先で画面をそっとなぞっていました。

「次は、お父さんも一緒に来られたらいいのに」
私は夜の湖を眺めながら、そっとつぶやいてました。「また、来ようね──きっと」その言葉に返事をするように、夜の海に「月の道」ができて見事でした。まるで私達をヨットへ導いているように感じました。

観光地”ではなく、“記憶地”として心に刻まれる場所
またあの湖に戻りたいね」と子どもたちが帰り道に話していました。私自身も、湖の上で感じた静けさや、家族で過ごしたあの特別な空気を、今も鮮明に思い出します。観光地としての魅力だけでなく、家族の絆が深まる体験ができたことが、この旅の一番の宝物になりました。
あの湖の風や、ヨットの上で交わした小さな会話は、これからも私たちの心に残り続けると思います。この旅で心に残ったのは、観光地としての“日月潭”ではないです。湖の上で交わした視線、風に吹かれながら飲んだお茶、描いてもらったスケッチ……それらをすべて、私たちだけの宝物として、ずっと記憶の引き出しにそしまっておきたいと思っています。
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