車椅子で巡る台湾旅行のリアル|初めての親子旅で私たちが迷い、決めたこと

家族で楽しむ台湾

31回目の台湾は、私がいちばん台湾を知らなかった旅でした。路地裏の穴場もMRTの乗り換えも、台北の街は自分の庭のように知り尽くしている、そんな自負がありました。

しかし2025年5月、31回目となった今回の旅は、これまでのどの渡航とも違う挑戦の連続でした。同行したのは75歳の母と、20歳の娘・花菜(はな)です。

この旅で私たちは、母の笑顔を守るために4つの判断を重ねながら旅を進めていくことになります。

【プロローグ】「私がいれば大丈夫」という過信

ここ数年で足腰が弱り、遠出には車椅子が欠かせなくなった母。そんな彼女が、ある日ぽつりとこう言いました。

Lulucoの母
Lulucoの母

もう一度、あの活気ある台湾の景色が見たいわね。

その願いを叶えるべく、最高のプランを立てて降り立った台北。しかし、いざ車椅子を押してみると、街の小さな傾斜や数センチの段差が、想像以上に重く手に伝わってきました。かつての私の「正解」は、車椅子の母にとっては正解ではなかったのです。

この旅で私たちは、母の笑顔を守るために4つの判断を重ねながら旅を進めていくことになります。

移動の判断|「知っている道」を捨てる勇気

台北のMRT(地下鉄)はバリアフリーが非常に進んでいます。しかし、実際に車椅子で移動してみると、最大の敵は「距離」ではなく「迷い」でした。

ベテランのプライドが招いたタイムロス

最初につまずいたのは、巨大な台北駅でした。 私は何度も利用している駅なので、完璧に頭の中に地図があります。ですが、その地図はあくまで「健脚な人向けの最短ルート」だったのです。

車椅子でエレベーターを使おうとすると、思った以上に大きく迂回する必要があります。 案内板を頼りに10分ほど右往左往するうちに、湿度の高い台北の熱気がじわじわと母の体力を奪っていきました。

不安そうに周囲を見渡す母。その時、私の焦りを察した娘の花菜が動きました。

花菜
花菜

不好意思、我們有輪椅。請問電梯在哪裡?
(すみません、車椅子なのですが、エレベーターはどこですか?)

高校時代に3ヶ月の台湾留学を経験していた花菜が駅員さんに声をかけると、状況は一瞬で変わりました。

駅員さんは場所を案内してくれるだけでなく、すぐに降車駅へ連絡を入れてくれたのです。目的の駅に着くと、ホームにはすでにスロープを持ったスタッフが笑顔で待機していました。


台北MRTの駅構内(画像はイメージです)

【ここで決めたこと】
ベテランとしての「知っているつもり」を一度捨て、5分迷ったらすぐに駅員さんを頼ること。自力で探す時間を削ることが、母の体力を守る一番の近道でした。

支払いの判断|「小銭の詰まり」は、旅のゆとりを奪う

台湾はデジタル決済が進んでいますが、地元の人が通う老舗店や夜市の屋台は、今も「現金」が主役です。ここでモタつくと、旅の心地よいリズムが途切れてしまいます。

魯肉飯の店での冷汗

士林夜市の近く、母が「美味しそうね」と足を止めた老舗の魯肉飯店での出来事です。車椅子を店先のわずかなスペースに止め、会計をしようとした時、私は自分の手際の悪さに愕然としました。

お会計は50元(約250円)ですが、私の手元には崩していない1,000元札しかありません。車椅子のハンドルから手を離し、カバンの奥から財布を取り出し、小銭を探しました。

後ろには次のお客さんが並び、その無言のプレッシャーに冷汗が流れました。

Lulucoの母
Lulucoの母

ごめんなさいね、私がこんなところに来たいなんて言ったから…

申し訳なさそうに下を向く母。支払いのモタつきは、単なる時間のロスではありません。高齢の家族に「自分は迷惑をかけている」という負い目を感じさせてしまうのです。

花菜が引き受けた「会計担当」

翌日から、私たちは役割を完全に分担しました。留学経験から現地の金銭感覚に慣れている花菜が、すべての小銭管理を引き受けてくれたのです。

花菜
花菜

「お母さんは、おばあちゃんの車椅子に集中して!お財布は私が預かるね」

その日の夕方、別の屋台でお会計をした際、花菜がサッと小銭を差し出して一瞬で完了です。

母が「今日はなんだかスムーズで気持ちがいいわね」と微笑んだのを見て、「お会計をスマートに済ませることは、高齢者連れの旅の質に直結する」と確信しました。

会計で困らないコツ

  • 100元札を武器にする: 1,000元札は早めに崩し、100元札を常に数枚ストック。

  • 悠遊カード(EasyCard)の活用: タクシーやコンビニはカード一枚でコンマ数秒で決済。

体温調節の判断|「寒い」と言わせない先手の防御

5月の台北は、外を歩けばじっとりと汗ばむ蒸し暑さ。しかし一歩MRTや百貨店に入ると、そこは驚くほど冷房が効いた別世界です。これが、高齢の母にとっては最大の敵でした。

母の「大丈夫」を信じない

母は昔から「人に気を遣わせたくない」という思いが強く、体が冷えていても自分から「寒い」とはなかなか言い出しません。

Luluco
Luluco

「お母さん、寒くない? 大丈夫?」

Lulucoの母
Lulucoの母

「大丈夫よ、気持ちいいわ」

そう答える母の手を握ると、驚くほど冷たくなっていました。車椅子に座っている間は筋肉を動かさないため、歩いている私たちが想像する以上に冷えが早く回ります。本人が「寒い」と言い出したときには、すでに体力はかなり削られているのです。

「建物に入る10メートル手前」が勝負

そこで私たちはルールを決めました。「室内に入る直前」が羽織りものを渡すタイミングです。

冷房対策のポイント

  • 車椅子の背面にセット: 薄手のカーディガンを常に母の背もたれにかけ、ノールックで羽織らせられるようにしました。

  • マウンテンパーカーの汎用性: スコールと強烈な冷房の両方に対応できるパーカーが、母の体力を最後まで守り抜きました。

「寒くなってから対応する」のではなく、「寒くなる場所へ行く前に防ぐ」、この小さな先手が、旅の後半まで母を元気にさせてくれました。


5月の台北、梅雨時のスコール(画像はイメージです)

九份での判断|「無理をしない」という最高の贅沢

今回の旅のハイライト、そして母が最も楽しみにしていたのが九份でした。階段だらけの九份は、車椅子ユーザーには「不可能」と言われる場所です。30回通った私自身、正直あそこを車椅子で回るなんて無謀だと思っていました。

諦めないための「プランB」

比較:九份をどう回る?
プランA(一般):下から360段の石段を登る(※車椅子では物理的に不可能)
プランB(今回):タクシーで頂上の「九份国小(小学校)」へ直行し、下り坂だけを歩く

一般的なルート(プランA)は、下から360段の急な石段を登るため、車椅子では物理的に不可能です。そこで私たちは、階段を1段も使わない「プランB」を選択しました

私たちが実行したプランBの具体策

  • 移動は往復タクシー: 台北市内から約1,200元(約6,000円)で、九份の「頂上(九份国小付近)」まで直行。

  • ルート選び: 有名な石段は一切登らず、平坦な**「基山街」**をゆっくり散策。

  • 過ごし方: 人混みがピークになる前に、絶景の見える茶藝館(カフェ)へ早めに避難。


九份では花菜が動いてくれて助かった

夕闇が迫り、赤い提灯が幻想的に灯り始めた時。展望スペースで静かに景色を眺めていた母が、ポツリと言いました。

Lulucoの母
Lulucoの母

「きれいねぇ。Luluco、花菜ちゃん、本当にありがとう。長生きして良かったわ」

その隣で、花菜が店主と中国語で交渉して買ってきた温かい「芋圓(タロイモ団子)」を3人で突っついたあの瞬間。準備の苦労も、台北駅での迷走も、すべてがこの一瞬のためにあったのだと、胸が熱くなりました。


九份頂上付近の茶藝館(画像はイメージです)

車椅子旅を救ったアイテム

実際に車椅子を押して台北を歩いたからこそ分かった、旅の「詰まり」を解消する必需品をまとめました。 これらを準備しておくだけで、移動や支払いのストレスが減り、家族との会話を楽しむ余裕が生まれます。

アイテム 母の笑顔を守った、鞄の中の小さな工夫たち
悠遊カード MRT・バス・コンビニ支払いを集約。小銭の出し入れをゼロに。
S字フック 車椅子のハンドルに装着。買い物袋を掛けて、常に両手をフリーにする。
モバイルバッテリー 翻訳・地図・エレベーター検索でスマホを酷使するため、大容量が必須。
除菌ウェット 屋台での食事前や、車椅子のタイヤを触った後の手を清潔に保つ。
常備薬 飲み慣れた胃薬や鎮痛剤。体調に変化が出やすい高齢者連れには必須。

まとめ|旅を止めない判断が、思い出を深くする

今回の台湾旅行を通じて、私たちが学んだ最も大切なこと。それは、ガイドブックにあるような「バリアフリーの正解」を探すことではなく、「この3人で笑い続けるための独自のルール」を持つことでした。

私たち3人の「台湾を止めてはいけない」4箇条

台北駅で迷った瞬間、私は「30回の勘」を手放しました。花菜が駅員さんに駆け寄り、現地のサポートの輪に入る。それが、母の体力を一秒も無駄にしない最善のルートだったのです。
士林の魯肉飯店での失敗からは、「私が払わなきゃ」という親のプライドを捨てることを学びました。私が車椅子をしっかり支え、花菜がスマートに会計を済ませる。孫娘の成長を見守るその時間もまた、母にとっては嬉しい旅の景色になっていたようです。
冷房対策も同じでした。「寒くない?」と聞くのをやめ、建物に入る10メートル手前で無言でパーカーを肩にかける。母に気を遣わせる隙を与えない「先手の過保護」が、75歳の体を旅の最後まで守り抜いてくれました。
そして九份。有名な阿妹茶樓までの長い階段を諦めたことは、旅の敗北ではありませんでした。頂上でタクシーを降り、平坦な道だけを選び、3人で芋圓を頬張る。欲張るのをやめたことで生まれた「心の余白」が、母の「生きてて良かった」という言葉を引き出してくれたのだと思っています。

ずっと心に描いていた母との台湾旅行。一人で歩き慣れたはずの台北も、三世代の視点が重なることで、31回目にして初めて「台湾の本当の優しさ」に触れた気がします。

もし、年齢や身体の不安で家族旅行をためらっているなら、どうか諦めないでください。台北は、その一歩をいつでも温かく迎え入れてくれます。この旅で見つけた新しい景色は、私にとっても一生の宝物になりました。

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